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歴史

幸を呼ぶ菓子

羊羹と言えば駿河屋

駿河屋は、室町時代中期の1461年に初代 岡本善右衛門が「鶴屋」の屋号で饅頭処を開いたのが始まりです。
煉羊羹を日本で初めて作ったのが駿河屋で、以来、 「羊羹といえば駿河屋」と言われるようになりました。
駿河屋に伝わる文献をひも解きますと、豊臣秀吉の大茶会に駿河屋の煉羊羹が引き出物として配られ諸大名から賞賛を受けたと残されています。

1837年(天保8年)に、駿河屋十二代目 善右衛門の三男・岡本善三郎が分家して「大阪の駿河屋」を開業。
さらに、ここから暖簾分けしたのが堺駿河屋で、歌人の与謝野晶子の生家であり、晶子20歳の頃は店番をしながら和歌の投稿を続けていたといわれています。

大阪本家駿河屋の歴史

1461年
初代岡本善右衛門が京都伏見で屋号は鶴屋で創業
1589年
4代善右衛門が羊羹を創案『伏見羊羹』の名で売出し、上品で甘みの高い羊羹は茶道と相俟って、
通人に好まれ、豊臣秀吉の北野神社の大茶会に用いられました。
1609年
5代善右衛門は、創業地伏見を弟の善一郎に任せ、徳川頼宜の駿河の国への転封に伴い、駿河の国に
移ることになりました。
1619年
徳川頼宜は若山(和歌山)に転封になり、5代善右衛門は若山に移り、若山店を開きました。
1685年
紀州に五代将軍綱吉の娘鶴姫が嫁がれるにおよび、高貴の名に憚って、
屋号を鶴屋から徳川家ゆかりの地・駿河から駿河屋に改名しました。
1837年
12代目善右衛門が、三男の善三郎を店主として船場淡路町大坂店を開き、
御用菓子を大坂城中に納入するとともに浪花の和菓子つくりに励みました。

そして今、555年以上の歴史を汲む「大阪本家駿河屋」は
伝統を守りつつお客様に喜んでいただける菓子づくりに日々精進しております。

季節の品々もご用意しております
何度でも足をお運び下さいませ
大阪本家駿河屋 自慢の味、お愉しみください